アレクサンドロス大王の死因をめぐる諸説
前323年、東方遠征を終えたアレクサンドロス大王はバビロンで高熱を発してから10日余りで32歳の若さで急死した。古代から毒殺を疑う噂が絶えなかった一方、現代の研究者の多くは腸チフス等の感染症による病死とみている。近年は神経疾患による麻痺状態(仮死状態)を経て死亡したとする新たな仮説も学術誌で提示されるなど、その真の死因は今なお定まっていない。
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古代の記録によれば、アレクサンドロスはバビロン滞在中に高熱を発し、以後衰弱して10日余りで没した。1998年にメリーランド大学の研究者が当時の症状記録を医学的に検討し、腸チフスによる病死である可能性が最も高いと結論づけており、マラリア等の感染症説と並び、現代の研究者の間で広く支持される見方となっている。
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古代の史料には、アレクサンドロスの死後まもなく毒殺を疑う噂が広まったことが記されており、ヒ素やストリキニーネ、バイケイソウ等の毒物が候補として挙げられてきた。しかし歴史家ロビン・レイン・フォックスは、症状発現から死去まで12日を要している点が急性の毒物中毒とは整合しにくいと指摘しており、現代の歴史家の多くはこの説には懐疑的である。
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2019年、オタゴ大学の臨床医キャサリン・ホールは、遺体が死後6日間腐敗の兆候を示さなかったとする記録に着目し、感染症を契機に自己免疫疾患のギラン・バレー症候群を発症して麻痺状態に陥り、実際の死亡は公式の死亡日より遅かった可能性を学術誌The Ancient History Bulletinに発表した。専門家の間でも議論を呼ぶ新しい仮説である。
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