豊臣秀吉の出自をめぐる諸説
尾張の農民の子として生まれ、天下人にまで上り詰めたとされる豊臣秀吉だが、同時代の史料には父の身分を裏付ける確かな記録がなく、その出自は今なお判然としない。江戸時代に編まれた伝記類には百姓の子とする説のほか、下級武士に近い身分だったとする説、職人や行商人など非農業民の出であったとする説が並存し、いずれも確証を欠いたまま議論が続いている。
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秀吉の伝記『太閤素生記』は、尾張中村の百姓木下弥右衛門と仲の間に生まれたと伝える。弥右衛門の身分は足軽とも百姓ともされ確定しないが、この農民出身の物語は江戸時代を通じて広く流布し、貧しい身分から天下人へ上り詰めた立身出世譚として最もよく知られる説となっている。
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江戸初期の伝記『甫庵太閤記』は、織田信秀に仕えた同朋衆の竹阿弥を秀吉の実父として描く。同朋衆は武家に近侍する身分であり、これに基づけば秀吉は純粋な農民というより下級武士に近い出自であったことになる。両親の身分を巡る史料間の食い違いを示す有力な異説である。
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秀吉の前半生については、村長の子だったとする説(『武功夜話』)や、鍛冶・大工など技術者集団、あるいは行商人の出であったとする説も紹介されている。定住した農民ではなく各地を渡り歩く非農業民の家に生まれたとする見方であり、確証には乏しいものの一部で注目される少数説の一つである。
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この偉人が登場するバトル:天下人にふさわしいのは? / 尾張が生んだ天下人、上に立つのは?