ゴッホの死は自殺か、他殺かをめぐる諸説
1890年、フランス・オーヴェルで銃創を負い2日後に没したフィンセント・ファン・ゴッホの死は、長く自殺とされてきた。2011年の伝記により、少年による偶発的な発砲を苦悩の末に自殺と偽ったとする他殺・事故説が提起され、美術史学界では自殺説が主流とされる一方、議論が続いている。
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ゴッホが1890年7月27日にオーヴェルの野外で自ら銃で腹部を撃ち、2日後の29日に没したとする理解は、弟テオらへの書簡や周辺の証言とも整合するとされ、美術史では長く定説とされてきた。後述の他殺・事故説が提起された後も、自殺説を主流とみる立場が広く共有されている。
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2011年、スティーヴン・ネイフとグレゴリー・ホワイト・スミスによる伝記が、地元の少年ルネ・スクレタンが遊び半分で持っていた拳銃が暴発してゴッホに当たり、少年をかばうために自殺と偽ったとする説を提起した。銃創の角度や現場付近で拳銃が見つからなかった点を論拠とし話題を呼んだが、美術史学界の主流を覆すには至っていない有力な異説である。
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銃創が斜め下方からの軌道だったとみられ、自ら至近距離で腹部を撃つ角度としては不自然だとする指摘がある。一方で傷口周囲の所見から至近距離である可能性を示す見解もあり、現代のような精緻な検証がなされないまま埋葬に至ったため、角度のみから自殺・他殺を確定づけることは難しいとされる。
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1960年頃にゴッホが最期を迎えた現場付近で錆びついた7ミリ口径の拳銃が発見され、2019年にパリで自殺に使われた可能性がある銃としてオークションにかけられ高額で落札された。専門家も可能性は高いが確証はないとし、ファン・ゴッホ協会側は正式に結びつく根拠はないと批判しており、真贋は未確定の少数説にとどまる。
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