ツタンカーメンの死因をめぐる諸説
古代エジプト新王国第18王朝のファラオ、ツタンカーメンは19歳前後で死去した。副葬品豊富な墓が1922年にハワード・カーターにより発見され世界的な話題となったが、死因は長年の謎とされてきた。2005年のCTスキャンおよび2010年のDNA分析により、かつて有力視された暗殺説は否定され、現在はマラリア感染や骨の疾患、近親婚に由来する健康問題が死因として議論されている。
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2010年に発表されたミイラのDNA解析により、ツタンカーメンの体内から複数のマラリア原虫の遺伝子が検出され、同時に大腿骨の骨折や血流障害による骨壊死(アバスキュラー・ネクローシス)の痕跡も確認された。重度のマラリア感染と骨の損傷が重なったことが死因の中心と考えられており、現在最も有力視されている説である。
出典:Hawass et al., "Ancestry and Pathology in King Tutankhamun's Family" JAMA(2010)/National Geographic
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両親が近親者であったとみられるDNA解析結果から、ツタンカーメンは内反足(クラブフット)や口蓋裂、コーラー病などの複数の身体的障害を抱えていた可能性が指摘されている。これらの疾患が単独の死因ではないものの、健康状態を著しく悪化させ死を早めた一因になったとする説。
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1968年のX線撮影で頭蓋骨内に骨片が見つかったことから、何者かに後頭部を殴打され暗殺されたとする説が一時注目を集めた。しかし2005年のCTスキャンにより、この骨片は1920年代の発掘・ミイラ処理作業時に生じた損傷である可能性が高いと判明し、殴打による致命傷の証拠は否定された。現在は俗説として扱われている。
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