モーツァルトの死因をめぐる諸説
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは1791年12月5日、ウィーンで35歳で死去した。当時の主治医は「急性粟粒熱」と診断したが、正式な解剖記録は残っておらず、死因は今日まで確定していない。19世紀以降、ライバル作曲家サリエリによる毒殺説が広まったが、医学的根拠は見出されておらず、近年は連鎖球菌感染に伴う腎疾患説が有力視されている。
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2009年に医学誌『Annals of Internal Medicine』に発表された研究では、1791年冬にウィーンで流行していた連鎖球菌感染症にモーツァルトが罹患し、それに伴う急性糸球体腎炎から腎不全に至った可能性が指摘されている。死の前後に記録された症状(浮腫等)とも整合的とされ、現在最も有力視されている説である。
出典:Richard H. C. Zegers et al., "The Death of Mozart" Annals of Internal Medicine(2009)
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モーツァルトの死因として長らく唱えられてきた説で、リウマチ熱の合併症として腎機能が悪化し尿毒症に至ったとするもの。20世紀後半まで広く支持されてきたが、記録に残るモーツァルトの症状経過と必ずしも一致しない点が指摘され、近年は他の感染症説との比較検討が進んでいる。
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ライバル作曲家アントニオ・サリエリがモーツァルトを毒殺したとする説。サリエリが晩年、精神錯乱の中でそれらしき発言をしたと伝えられたことなどから19世紀以降広まり、戯曲や映画の題材にもなった。しかし同時代の医学的記録にはこれを裏付ける証拠がなく、歴史家・医学研究者の間では俗説として否定されている。
出典:Classic FM "Was Mozart actually poisoned by Salieri? Here's the truth"
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