ユリウス・カエサル暗殺の動機をめぐる諸説
前44年3月15日(イドゥス・マルティアエ)、終身独裁官の地位に就いていたユリウス・カエサルは、元老院会議場でマルクス・ユニウス・ブルータスら60名以上の元老院議員によって刺殺された。暗殺者たちは自らを「解放者(リベラトーレス)」と称したが、その動機についてはスエトニウスやプルタルコスら古代の史家の記述以来、共和政の擁護から個人的な思惑まで諸説が唱えられており、今日も定説を欠く。
あなたが支持する説は?(クリックで投票/何度でも変更できます)
-
カエサルが終身独裁官となり元老院を頻繁に迂回して国庫と軍を掌握するなど君主的な権力集中を進めたことが、共和政の伝統を脅かすと考えた元老院議員たちによる先制的な防衛行動だったとする説。プルタルコスはブルータスが私怨からではなく徳と正義への信念から行動したと描いており、暗殺後ブルータス自身もフォルムで「共和政を回復するため」と演説したと伝えられる。古代以来、最も広く語られてきた説である。
出典:Plutarch, "Life of Brutus"/Wikipedia "Assassination of Julius Caesar"
-
共謀者の多くはカエサル自身に赦免・登用された元敵対者や側近であり、彼の恩恵に依存する立場に置かれたことへの屈辱感や、期待した見返り・地位を得られなかった不満が動機になったとする説。同時代人ニコラウス・オブ・ダマスカスは、共謀者の中に嫉妬や不遇感など私的な動機を抱いた者がいたと記しており、共和政擁護の大義とは別に、元老院内の権力闘争としての側面があったとみる歴史家も多い。
-
ブルータスの母セルウィリアがカエサルと長年不倫関係にあったことは古代ローマで広く知られており、これを根拠にブルータスがカエサルの実子だったとする噂が古代から囁かれてきた。しかしブルータス誕生時(前85年頃)カエサルはわずか15歳程度であり、セルウィリアとの関係が始まったとされる時期とも年代が合わないため、現代の歴史家の多くはこの説を史実性に乏しい俗説とみなしている。
出典:National Geographic "Et tu, Brute? The real story of Brutus' betrayal of Caesar"
※「支持度」は学術的な位置づけの目安です。投票結果は学説の正しさを示すものではありません。
この偉人が登場するバトル:古代ローマを象徴する指導者は? / 古代地中海最強の名将は? / 西洋史上最強の軍事的天才は?