クレオパトラ7世の死因をめぐる諸説
紀元前30年、アクティウムの海戦での敗北とアントニウスの死の後、プトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ7世は自死したと伝えられる。だが死因は、同時代のストラボンやのちのプルタルコス、カッシウス・ディオら古代の史料でも記述が一致せず、今日まで定説がない。
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エジプトコブラなどの毒蛇に身を噛ませたとする、最も広く知られる説。プルタルコスの伝記に記され後世に定着した。ただし著者自身が真相は誰も知らないと断り、毒針や塗り毒の可能性も併記している。
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蛇毒は死まで時間がかかり確実性を欠くとして、あらかじめ用意した毒物を服用したとする説。同時代のストラボンも塗り毒に触れ、近年は独の古代史家C.シェーファーがアヘン・ドクニンジン・トリカブトの毒物説を提示している。
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腕に残る二つの刺し傷から、中空の櫛や毒を塗った髪留めの針で毒を体内に入れたとする説。プルタルコスとカッシウス・ディオがこの刺し傷に言及している。
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