ハンニバルのアルプス越えの経路をめぐる諸説

前218年、カルタゴの将軍ハンニバル・バルカは第二次ポエニ戦争において歩兵・騎兵合わせて数万の兵と37頭の戦象を率いてアルプス山脈を越え、イタリア半島に侵攻した。この行軍がアルプスのどの峠を通過したのかは、古代の歴史家ポリュビオスやリウィウスの記述だけでは特定できず、19世紀以降、地理学・考古学、近年は地質学や放射性炭素年代測定まで動員した学説が数多く唱えられてきたが、決定的な確証を得た説は現時点でなく、今なお議論が続いている。

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