直江状は本物かをめぐる諸説
1600年、会津の上杉景勝に上洛を求めた徳川家康に対し、家老直江兼続の名で返されたとされる挑発的な文言の書状が「直江状」である。この書状が家康の会津征伐、ひいては関ヶ原の戦いの引き金になったと語られてきたが、原本は現存せず後世の写本しか伝わらないため、その内容がどこまで本物かを巡る真贋論争が今も続いている。
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歴史学者の今福匡氏・山本博文氏・桐野作人氏は、直江状に当事者しか知りえない事実や、三成の盟友である大谷吉継を家康側の人物として描く不自然な記述が含まれることを、後世の偽作者には書き得ない内容として本物である根拠に挙げる。白峰旬氏は江戸期の上杉家の複数の修史資料に書状が収載されている点を挙げており、現在の学界ではこの真書説が最も有力な立場とされる。
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歴史学者の宮本義己氏は1998年以降の研究で、書状中の敬語表現(「可被尊意安候」等)が当時の用法として不自然であること、伏見出発の4月10日から会津到着の4月13日までの日数が当時の交通事情では物理的に到達不可能であること、身分の高い武将名を敬称なしで記す等、礼儀上不適切な表現が含まれることを具体的に指摘し、原本を土台としつつ後世に一部が書き換えられたとする説を唱えている。
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歴史学者の桑田忠親氏は直江状を後世の好事家による偽作にすぎないと述べ、二木謙一氏もこの文書自体が偽作されたものであるとの見方を示した。1980年代には有力に唱えられた立場だったが、その後の研究で真書説や改竄説を裏付ける具体的な指摘が重ねられたことから、現在この立場を支持する研究者は少数にとどまっている。
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