危機のローマ帝国を再建したのは?

三世紀の混乱を収拾するため四人の皇帝で帝国を分割統治する四分統治(テトラルキア)を導入したディオクレティアヌス帝と、その体制下で副帝コンスタンティウス1世の子として育ち、内乱を制して帝国を再統一したコンスタンティヌス1世。後者は幼少期を人質同然の立場で東方の宮廷に過ごしたと伝わり、後にミラノ勅令でキリスト教を公認した。後期ローマ帝国を立て直した二人を比べる、あくまでエンタメのお題です。

あなたが支持するのは?(クリックで投票/何度でも変更できます)

まだ投票がありません。最初の1票をどうぞ。

ディオクレティアヌス帝 コンスタンティヌス1世
種別君主君主
時代古代古代
王朝ローマ帝国ビザンツ帝国
生年
没年
在位284年〜305年306年〜337年
在位年数21年31年
年表の厚み4件5件
推し数0件0件
総合評価評価なし評価なし

「在位年数・年表の厚み・推し数・総合評価・影響力」の数値が大きい側を強調表示しています(推し・評価は読者参加の実数)。投票結果は歴史的評価の正しさを示すものではありません。

2人を項目ごとにくらべる →