キュロス2世

君主
アケメネス朝ペルシア
時代古代
王朝アケメネス朝ペルシア
在位前559年〜前530年
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アケメネス朝初代の王。 新首都パサルガダエを築き、自らの墓もそこに残されている。
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人物解説
前6世紀、アケメネス朝を興した初代の王で、伝承では祖父にあたるメディア王アステュアゲスを破って独立を果たし、ペルシア人とメディア人を統合した。さらにリディア王クロイソスを破って小アジアを征服し、前539年には新バビロニアを征服して大帝国を築いた。バビロン征服後には、捕囚下にあったユダヤ人の帰還を認めるなど、被征服民の宗教・慣習を尊重する統治で知られる。その統治理念は円筒形の粘土板『キュロスの円筒』に記され、現在は大英博物館に所蔵されている。新首都パサルガダエを建設し、その地に自らの墓も残されている。晩年、中央アジアの遊牧民との戦いで落命したと伝えられるが、その経緯については史料により異同があり諸説ある。息子カンビュセス2世が後を継ぎ、さらにエジプトへと版図を広げた。寛容な統治方針と広大な領域を統べる帝国の礎を築いた王として、後世まで高く評価されている。
家系図
- 同じ王朝の後の君主:ダレイオス1世
年表
- 前559年 アケメネス朝の王として即位
- 前550年 メディア王国を征服し大国化
- 前539年 新バビロニアを征服(バビロン捕囚のユダヤ人を解放)
- 前530年 中央アジア遠征中に戦死
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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