アウグストゥス

君主
ローマ帝国
時代古代
王朝ローマ帝国
在位前27年〜14年
ローマ初代皇帝。 帝国各地に植民都市を築かせ、ニームのメゾン・カレは自らの孫たちに捧げられた神殿である。
現在の推し 0 件まだ「推し」がありません。最初のひと押しを!
みんなの評価(★5段階・軸ごとに投票できます)
総合
平均 —(0件)最初の☆評価を!
功績
平均 —(0件)最初の☆評価を!
知名度
平均 —(0件)最初の☆評価を!
カリスマ
平均 —(0件)最初の☆評価を!
この偉人が登場するバトル
人物解説
本名はガイウス・オクタウィウスといい、大伯父にあたるユリウス・カエサルの養子となってオクタウィアヌスと名乗った。前44年のカエサル暗殺後、翌年アントニウス・レピドゥスと第2回三頭政治を組んで政敵を打倒したが、やがてアントニウスと対立し、前31年のアクティウムの海戦でアントニウスとエジプトの女王クレオパトラの連合軍を破ってローマ世界を統一した。前27年に元老院から『アウグストゥス』の称号を受け、共和政の体裁を保ちながら事実上の帝政(元首政)を確立して初代ローマ皇帝となった。軍制や行政の整備を進め、属州各地に植民都市の建設を進めるなど帝国基盤を固め、以後200年続く『ローマの平和(パクス・ロマーナ)』の礎を築いた。詩人ウェルギリウスら文人を保護して文芸の黄金期をもたらす一方、首都ローマの都市整備にも力を注いだ。紀元14年に没し、後継者に定めていた養子ティベリウスが帝位を継いだ。
家系図
- 同じ王朝の後の君主:ネロ
年表
- 前27年 元老院よりアウグストゥスの称号を受け、事実上の初代皇帝となる
- 前2年 「祖国の父」の称号を受ける
- 14年 死去。ローマの平和(パクス・ロマーナ)の礎を築く
この偉人の伝記・関連書籍 PR
※楽天ブックスの検索結果への広告リンクです。
同じ王朝の君主 ▶ ローマ帝国の偉人をすべて見る
同じ時代の君主 ▶ 古代の偉人をすべて見る
関連する世界遺産
この君主にゆかりのある世界遺産を、姉妹サイト「世界遺産ラボ」で見られます。
出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
本ページは、公開されている歴史資料・百科事典等をもとに偉人ラボ編集部が作成した参考情報です。年代・事績には諸説ある場合があります。正確な情報は各一次資料・公式情報をご確認ください。
さらに詳しく:Wikipediaで「アウグストゥス」を調べる / 運営者情報:運営元について