ラメセス2世

古代エジプト新王国時代のファラオ。 アブ・シンベル神殿を建造し、内部にはカデシュの戦いでの自らの姿を描かせた。
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この人物をめぐる諸説
出エジプト記のファラオは誰か
旧約聖書「出エジプト記」で、エジプトに隷属していたイスラエルの民が脱出に至るまで対峙したとされるエジプト王(ファラオ)が、史実上のどの人物に当たるかを巡る議論。物語の中に固有の王名は記されておらず、地名や年代の記述をどう解釈するかによって、前13世紀のラメセス2世や、その子メルエンプタハが比定候補として挙げられてきた。一方で、物語自体の成立時期や史実性についても学術的な議論が続いており、特定のファラオへの比定に慎重な立場も存在する。
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出エジプト記1章11節には、エジプトで使役されたイスラエルの民が築いたとされる「貯蔵の町」の一つとして「ラメセス」の名が記される。この地名が、前13世紀に66年間在位し数多くの建設事業を行ったラメセス2世の都と結び付けられることから、大衆的にも学術的な議論の出発点としても最も広く知られる比定候補となっている。
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ラメセス2世の子で後継者のメルエンプタハ(在位前1213年頃-前1203年頃)の治世を出エジプトの時期とする説。彼の治世に建てられたメルエンプタハ碑文(前1208年頃)は「イスラエル」の名を記す現存最古のエジプト側史料であり、この年代を重視する立場の中で有力な比定候補として挙げられている。
出典:Wikipedia "Merneptah Stele"/Wikipedia "Pharaohs in the Bible"
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出エジプト記の物語は、ある特定の出来事の記録というより、バビロン捕囚前後の時期に形成された伝承である可能性が高いとして、対応する考古学的痕跡の乏しさを指摘し、特定のファラオへの比定自体に慎重ないし否定的な立場を取る研究者も少なくない。学術的には少数説だが、聖書考古学の分野で一定の存在感を持つ見解である。
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この偉人が登場するバトル
人物解説
家系図
年表
- 前1279年 即位
- 前1274年 ヒッタイトとカデシュの戦いを戦う
- 前1258年 ヒッタイトと世界最古級の平和条約を締結
- 前1213年 約66年の長期在位の末に死去
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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