ラメセス2世

ラメセス2世の肖像
君主 古代エジプト王朝
時代古代
王朝古代エジプト王朝
在位前1279年〜前1213年

在位 66年長期在位ランキング 歴代 2位/全49名

古代エジプト新王国時代のファラオ。 アブ・シンベル神殿を建造し、内部にはカデシュの戦いでの自らの姿を描かせた。

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この人物をめぐる諸説

出エジプト記のファラオは誰か

旧約聖書「出エジプト記」で、エジプトに隷属していたイスラエルの民が脱出に至るまで対峙したとされるエジプト王(ファラオ)が、史実上のどの人物に当たるかを巡る議論。物語の中に固有の王名は記されておらず、地名や年代の記述をどう解釈するかによって、前13世紀のラメセス2世や、その子メルエンプタハが比定候補として挙げられてきた。一方で、物語自体の成立時期や史実性についても学術的な議論が続いており、特定のファラオへの比定に慎重な立場も存在する。

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人物解説

古代エジプト第19王朝のファラオで、父セティ1世の跡を継いで即位し、約66年に及ぶ長期の治世でエジプトを繁栄させた。即位当初はヌビアやレバント地方へも遠征し、ヒッタイトとのカデシュの戦いの後、前1258年頃に世界最古級とされる平和条約を締結して両国の関係を安定させた。都をナイル・デルタのピラメセスに定め、ヌビアにアブ・シンベル神殿、テーベにラメセウムを築くなど各地に大規模な建造事業を進めて自らの権威を誇示した。王妃ネフェルタリをはじめ多くの妃を迎え、100人を超える子女をもうけたと伝えられる。長命のため多くの息子に先立たれ、後を継いだのは13番目の子とされるメルエンプタハであった。旧約聖書の出エジプト記に登場するファラオとする説もあるが特定はされていない。後世「大王」とも称され、そのミイラは1881年に王家のミイラの隠し場で発見され、現在はエジプトの博物館で保管・公開されている。

家系図

年表

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出典・このページについて

最終更新: 2026年8月27日

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