ウェスパシアヌス

君主
ローマ帝国
時代古代
王朝ローマ帝国
在位69年〜79年
フラウィウス朝を開いた皇帝で、コロッセウムの建設を開始した。 内乱で混乱した帝国の財政再建に努めた。
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カリスマ
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人物解説
ネロの自害を機に帝位継承をめぐる内乱が勃発し、いわゆる四皇帝の年と呼ばれる69年の混乱を制して東方軍団の支持のもとに即位し、フラウィウス朝を創始した。もとはユダヤ属州で起きた大反乱を鎮圧する司令官としてネロから派遣されており、皇帝となった後もその鎮定は継続して進められ、やがてエルサレムの陥落によって収束に向かった。相次ぐ内乱と前帝ネロの放漫な支出で底をついていた国庫を立て直すため、属州への課税強化や公衆便所の利用者に課した税など、現実に即した財政策を次々に打ち出したとされる。この便所税をめぐる批判に対し「金に臭いはない」と答えたという逸話が伝えられる。内乱で焼失したカピトリヌス神殿の再建に着手した際には、自ら瓦礫を運んで工事を始めたと伝えられ、質実な人柄を示す逸話として知られる。72年頃には円形闘技場コロッセウムの建設を命じ、その完成を見ることなく79年に病没した。軍人出身の実務家らしい統治により、帝国の秩序と財政は着実に回復したと評価される。
家系図
年表
- 69年 内乱(四皇帝の年)を制して即位し、フラウィウス朝を開く
- 72年 コロッセウム(円形闘技場)の建設を始める
- 79年 死去
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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