ワリード1世
君主
ウマイヤ朝
時代中世
王朝ウマイヤ朝
在位705年〜715年
ウマイヤ朝の最盛期を築いたカリフ。 首都ダマスカスにウマイヤド・モスクを建設させた。
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功績
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知名度
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カリスマ
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人物解説
本名はアル=ワリード・イブン・アブドゥルマリク。ウマイヤ朝第6代カリフで、父はビザンツ帝国型の行政・貨幣制度を整えた第5代カリフアブドゥルマリクである。705年に即位すると、父が固めた統治基盤を引き継いで対外拡張を推し進め、王朝の版図は東西で最大に達した。西方では711年、将軍ターリク・イブン・ズィヤードとムーサー・イブン・ヌサイルが西ゴート王国を滅ぼし、イベリア半島の大半をイスラム勢力下に置いた。東方でも将軍クタイバ・イブン・ムスリムが中央アジアのブハラ・サマルカンドなどへ進出し、別の将軍はインダス川流域のシンド地方を征服して領土に加えた。首都ダマスカスには壮麗なウマイヤド・モスクを建設させたほか、預言者のモスク(メディナ)の拡張にも着手するなど、各地で大規模な建築事業を推進した。困窮者や障害者への年金支給、ハンセン病患者のための施設整備など社会福祉事業にも取り組んだと伝えられる。715年に没し、弟のスライマーンが後を継いだ。
家系図
- 同じ王朝の後の君主:アブド・アッラフマーン1世
年表
- 705年 ウマイヤ朝カリフとして即位
- 711年 イベリア半島(西ゴート王国)を征服
- 715年 ダマスクスの大モスクを完成させた頃に死去
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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