バシレイオス2世

バシレイオス2世の肖像
君主 ビザンツ帝国
時代中世
王朝ビザンツ帝国
在位976年〜1025年

在位 49年長期在位ランキング 歴代 5位/全49名

ビザンツ帝国の最大版図を実現した皇帝。 ブルガリア帝国を征服し「ブルガロクトノス」の異名で知られる。

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人物解説

958年、皇帝ロマノス2世の子として生まれ、幼くして弟コンスタンティノス8世とともに共同皇帝となったが、実権は摂政や有力な将軍が握った。976年、後見役であった皇帝ヨハネス1世ツィミスケスの死により親政を開始したものの、有力将軍バルダス・スクレロスバルダス・フォカスらの反乱が相次いだ。フォカスの反乱鎮圧にあたってはキエフ大公ウラジーミルに援軍を求め、その代償として妹アンナを嫁がせるとともにルーシのキリスト教化(988年の受洗)を促したとされる。内乱を収めたのちはブルガリア帝国のサムイル王との戦いに長年従事し、1014年のクレイディオンの戦いで大勝を収めて捕虜の多くを失明させたと伝えられ、この苛烈さから「ブルガロクトノス(ブルガリア人殺し)」の異名で呼ばれた。1018年にはブルガリア帝国を完全に征服し、軍事を重視し華美を避けた質実な統治により国庫を充実させて帝国の版図を最大規模にまで広げた。1025年、遠征を計画する中で死去し、弟コンスタンティノス8世が単独で後を継いだ。

家系図

年表

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出典・このページについて

最終更新: 2026年8月27日

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