スーリヤヴァルマン2世

君主
クメール王朝
時代中世
王朝クメール王朝
在位1113年〜1150年
クメール王朝の王で、アンコール・ワットの建設を開始した。 中心寺院には自らの権威を示す壮大な回廊とレリーフが刻まれている。
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人物解説
クメール王朝の王で、1113年から1150年頃まで在位したとされる。即位後まもなく着手したのが、ヒンドゥー教の主神ヴィシュヌを祀る国家寺院アンコール・ワットの造営であり、完成までに30年近い歳月を要したと伝えられる。中心塔を囲む回廊には、自らの宮廷の行進や『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』などインドの叙事詩に取材した場面が浮き彫りで刻まれた。対外的には東のチャンパ王国へたびたび軍を送り、1145年には都ヴィジャヤを一時陥落させて服属を迫った。一方、北方の大越(ダイベト)へは1128年から複数回にわたり侵攻を試みたが、いずれも撃退されて成果を得られなかったとされる。また、中国の北宋にも1116年と1120年に朝貢使節を送り、国威を示すとともに交易の再開を図ったとされる。その治世に王朝の版図はクメール史上最大に達したとされる。度重なる遠征と大規模造営は国庫を圧迫し、没後の王朝は後継争いで混乱に陥ったと伝えられる。
家系図
- 同じ王朝の後の君主:ジャヤヴァルマン7世
年表
- 1113年 即位
- 1122年 アンコール・ワットの造営を進める(年代には諸説)
- 1150年 死去
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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