レオナルド・ダ・ヴィンチ

レオナルド・ダ・ヴィンチの肖像
芸術家
時代近世
種別芸術家
生没年1452年〜1519年

生涯 67年長寿ランキング 歴代 20位/全65名

「モナ・リザ」等を描いたルネサンス期の画家。絵画のほか解剖学・工学にも通じた万能人。

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この人物をめぐる諸説

モナ・リザのモデルは誰か

レオナルド・ダ・ヴィンチが16世紀初頭に描いたとされる肖像画「モナ・リザ」は、微笑を浮かべる女性の正体をめぐって長く議論が続いてきた。16世紀の伝記作家ジョルジョ・ヴァザーリはフィレンツェの商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザ・ゲラルディーニの肖像であると記し、2005年にはハイデルベルク大学の研究者が1503年頃レオナルドがリザの肖像に取り組んでいたことを示す同時代の書き込みを発見し、この説を補強した。一方でヴァザーリの記述の信頼性への疑問やレオナルド自身の記録に肖像画への言及がないことなどから、他の女性や男性をモデルとする説も唱えられている。

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『サルバトール・ムンディ』は真にダ・ヴィンチの真作か

『サルバトール・ムンディ』は2017年にニューヨークのオークションで史上最高額となる約4億5030万ドルで落札され話題を呼んだ絵画である。レオナルド・ダ・ヴィンチの真作として落札されたが、専門家の間では真贋を巡る議論がそれ以前から続いている。全体をレオナルド自身の手によるものとする見方、工房の弟子(ボルトラフィオやサライ)との合作とみる見方、後世の過度な修復によって当初の質を判断すること自体が難しいとする見方が併存する。

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人物解説

1452年、フィレンツェ近郊のヴィンチ村に生まれた。フィレンツェで画家ヴェロッキオの工房に入って絵画や彫刻の技術を学び、若くして独立した画家として認められた。1480年代にはミラノに移り、君主ルドヴィーコ・スフォルツァに仕えて宮廷画家・技術者として活動し、この時期に壁画『最後の晩餐』を制作した。フィレンツェに戻ったのちには肖像画『モナ・リザ』の制作に着手し、独自の陰影法を駆使した画風で高い評価を得た。絵画にとどまらず解剖学・機械工学・水利・飛行装置などにも強い関心を寄せ、鏡文字で記された膨大な手稿にその探究の跡を残している。作品や逸話には後世に生まれた伝承も少なくないが、科学的観察に基づく緻密な素描は特に高く評価されている。晩年はフランス王フランソワ1世に招かれてフランスに移り、1519年、同地で生涯を閉じた。絵画と科学を横断したその活動は、ルネサンスを代表する万能人として知られている。

師弟・影響

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生涯・著作年表

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出典・このページについて

最終更新: 2026年8月26日

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