レオナルド・ダ・ヴィンチ

「モナ・リザ」等を描いたルネサンス期の画家。絵画のほか解剖学・工学にも通じた万能人。
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この人物をめぐる諸説
モナ・リザのモデルは誰か
レオナルド・ダ・ヴィンチが16世紀初頭に描いたとされる肖像画「モナ・リザ」は、微笑を浮かべる女性の正体をめぐって長く議論が続いてきた。16世紀の伝記作家ジョルジョ・ヴァザーリはフィレンツェの商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザ・ゲラルディーニの肖像であると記し、2005年にはハイデルベルク大学の研究者が1503年頃レオナルドがリザの肖像に取り組んでいたことを示す同時代の書き込みを発見し、この説を補強した。一方でヴァザーリの記述の信頼性への疑問やレオナルド自身の記録に肖像画への言及がないことなどから、他の女性や男性をモデルとする説も唱えられている。
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フィレンツェの商人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻リザ・ゲラルディーニがモデルとする説。ジョルジョ・ヴァザーリが1550年の著作「芸術家列伝」で伝え、2005年にはハイデルベルク大学が所蔵する1503年の書き込みからレオナルドが実際にリザの肖像に取り組んでいたことが確認された。今日の美術史学で最も広く支持されている通説である。
出典:Giorgio Vasari「芸術家列伝」(1550年)/University of Heidelberg press release (2005)
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マントヴァ侯妃イザベラ・デステがモデルとする説。レオナルドは1499年にイザベラの肖像素描を描いており、イザベラ自身も1501年から1506年にかけて完成した肖像画の送付を催促する手紙を残している。2019年刊行のレオナルド作品目録(カタログ・レゾネ)でも、リザ・デル・ジョコンド説に次ぐ唯一の有力な代案として挙げられているが、後年の他の画家による肖像画と人相が一致しないとの指摘もある。
出典:Wikipedia "Mona Lisa"/The Conversation "Who really was Mona Lisa?"
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精神分析学者ジークムント・フロイトが唱えたレオナルド自身の自画像説、画家・技術者リリアン・シュワルツが1987年に唱えた女装したレオナルドの自画像説、美術評論家シルヴァーノ・ヴィンチェンティによる弟子サライ(ジャン・ジャコモ・カプロッティ)がモデルとする説などがある。いずれも同時代の直接的な裏付け史料を欠き、多くのレオナルド研究者から学術的根拠に乏しい少数説とみなされている。
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『サルバトール・ムンディ』は真にダ・ヴィンチの真作か
『サルバトール・ムンディ』は2017年にニューヨークのオークションで史上最高額となる約4億5030万ドルで落札され話題を呼んだ絵画である。レオナルド・ダ・ヴィンチの真作として落札されたが、専門家の間では真贋を巡る議論がそれ以前から続いている。全体をレオナルド自身の手によるものとする見方、工房の弟子(ボルトラフィオやサライ)との合作とみる見方、後世の過度な修復によって当初の質を判断すること自体が難しいとする見方が併存する。
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美術史家マーティン・ケンプらは、絵の中に見られる筆致の描き直し(ペンティメンティ)や渦を巻くような髪の表現、ルーヴル美術館の科学調査で確認された素描線の特徴が1500年以降のレオナルド作品と共通すると指摘し、本作を真作と評価している。2017年の落札時にオークションハウスもこの立場を採った。
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美術史家カルメン・バンバックは、キリストの右手や袖の一部などレオナルド自身の筆と見られる箇所がある一方、大部分は弟子ボルトラフィオの手によるとみる。ジャック・フランクも手の描写や鼻の形状などを根拠にサライとボルトラフィオの合作と主張するなど、工房での制作を重くみる研究者も複数存在する有力な異説である。
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美術史家フランク・ツェルナーは、本作が繰り返し過剰な修復を受けたため当初の質を評価すること自体が極めて難しいと指摘し、レオナルドらしく見える部分の多くは修復家の手によるものだと述べる。チャールズ・ホープも修復によって顔の印象が大きく変わっていると厳しく評しており、真贋の確定自体に懐疑的な少数派の見方も存在する。
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この偉人が登場するバトル
人物解説
師弟・影響
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生涯・著作年表
- 1482年 ミラノへ移りスフォルツァ家に仕える
- 1495年 『最後の晩餐』の制作に着手(1498年完成)
- 1503年 『モナ・リザ』の制作に着手
- 1516年 フランス王フランソワ1世に招かれフランスへ移住
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月26日
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