セリム1世

君主
オスマン帝国
時代近世
王朝オスマン帝国
在位1512年〜1520年
オスマン帝国の領土を大きく広げた「冷酷者」と呼ばれる皇帝。 エジプトを征服しカリフの称号を得た。
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カリスマ
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人物解説
セリム1世は1470年頃アマスヤに生まれ、父バヤジト2世の子として兄弟や父と後継の座を争った末、1512年に父を退位に追い込んで即位し、オスマン帝国第9代皇帝となった。厳しい権力掌握から「冷酷者(ヤウズ)」の異名で呼ばれた。1514年には火器を活用した軍でサファヴィー朝のイスマーイール1世をチャルディランの戦いで破り、東方の脅威を退けた。続く1516年のマルジュ・ダービクの戦いと1517年のカイロ攻略でマムルーク朝を滅ぼし、エジプト・シリア・ヒジャーズを版図に加えた。これによりメッカとメディナという二つの聖都を保護下に置き、みずからは支配者ではなく両聖都の守護者を称してイスラム世界における権威を高めたとされる。武人としてだけでなく、ペルシア語で詩作をよくし歌集(ディーヴァーン)を残すなど文人としての一面もあったとされる。わずか8年ほどの治世で帝国の領域をほぼ倍に広げたと伝えられ、1520年、遠征の途上で病を得てチョルル付近で没した。
家系図
年表
- 1512年 即位
- 1514年 チャルディランの戦いでサファヴィー朝を破る
- 1517年 マムルーク朝を滅ぼし、聖地の保護者としての権威を継承
- 1520年 死去
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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