スレイマン1世

君主
オスマン帝国
時代近世
王朝オスマン帝国
在位1520年〜1566年
オスマン帝国の最盛期を築いた皇帝。 建築家ミマール・スィナンを重用し、イスタンブールにスレイマニエ・モスクを築かせた。
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人物解説
1520年に父セリム1世の後を継いでオスマン帝国第10代皇帝となり、以後約46年にわたる治世は「オスマン帝国の最盛期」とされる。1526年のモハーチの戦いでハンガリー王国を破ってその大部分を征服し、勢力をヨーロッパ深部へ広げたが、1529年のウィーン包囲では攻略に失敗して退いた。東方ではサファヴィー朝と戦ってバグダードなどメソポタミアを獲得し、海軍提督バルバロス・ハイレッディンの活躍もあって地中海の制海権を確立し、地中海・中東・北アフリカを含む広大な領域を統治する大帝国へと発展させた。イスラム法と慣習法を整理・体系化した法典編纂により「カーヌーニー(立法者)」と称えられ、建築家ミマール・スィナンを重用してスレイマニエ・モスクをはじめ多くの建築を残した。また自らも詩作に親しみ、学芸を庇護して帝国の文化的な最盛期を支えた。1566年、遠征先のハンガリー・シゲトヴァール包囲の陣中で没し、息子セリム2世が後を継いだ。
家系図
- 父:セリム1世
年表
- 1520年 父セリム1世の後を継いで即位
- 1529年 第一次ウィーン包囲を行う
- 1566年 帝国の最盛期を築いた長期治世の末、遠征中に死去
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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