ジャハーンギール

君主
ムガル帝国
時代近世
王朝ムガル帝国
在位1605年〜1627年
アクバル大帝の子で、絵画など宮廷芸術を保護した皇帝。 その治世は比較的安定した時代であった。
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功績
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カリスマ
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人物解説
即位後は、父の代に整えられた統治機構を活かして比較的安定した治世を築き、内政より学芸や趣味に関心を寄せたとされる。即位直後には長男ホスローの反乱に見舞われたが、これを鎮圧して権力基盤を固めた。絵画をはじめとする宮廷芸術を篤く保護し、精緻な細密画で知られるムガル絵画がこの時代に大きく発展した。宮廷画家マンスールは鳥獣や草花を写実的に描いた作品で名高い。1611年に有力貴族の娘ヌール・ジャハーンと結婚すると、彼女とその一族が政務に強い影響力を持つようになった。1615年にはイギリス国王の使節トマス・ローが宮廷を訪れ、イギリス東インド会社に通商上の便宜を認めたと伝えられる。自ら日々の出来事や見聞を綴った回想録『ジャハーンギール・ナーマ』を残しており、当時の宮廷生活や動植物への関心を伝える貴重な史料となっている。晩年は健康を害し、ヌール・ジャハーンが事実上の政務を代行したとされる。
家系図
年表
- 1605年 父アクバルの死を受けて即位
- 1611年 ヌール・ジャハーンと結婚。彼女が宮廷で強い影響力を持つ
- 1627年 死去
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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