ルイ16世

君主
ブルボン朝(フランス王国)
時代近世
王朝ブルボン朝(フランス王国)
在位1774年〜1792年
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ブルボン朝最後の国王。 フランス革命により王政は終わりを迎え、後に処刑された。
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人物解説
1754年、ルイ15世の孫として生まれ、1770年にオーストリア皇女マリー・アントワネットと結婚した。1774年、祖父の死によりフランス国王として即位したが、アメリカ独立戦争への支援などによる出費も重なって財政危機が深刻化し、1789年に全国三部会を招集した。これがフランス革命の発端となり、同年7月にはバスティーユ牢獄襲撃が起こった。1791年にはヴァレンヌ逃亡事件で国外脱出を図るも失敗し、その後新憲法を受け入れて立憲君主として統治する道を選んだが、王権への信頼はさらに揺らいだ。1792年8月には民衆と義勇兵がテュイルリー宮殿を襲撃する八月十日事件が起こり、王政は事実上停止して退位を余儀なくされた。翌1793年1月、国民公会の裁判を経てギロチンにより処刑された。同年10月には王妃マリー・アントワネットも処刑され、その死はフランスにおける君主政の大きな転換点となった。
家系図
- 同じ王朝の前の君主:ルイ14世
年表
- 1774年 即位
- 1789年 フランス革命が勃発
- 1792年 王政の廃止により退位
- 1793年 処刑される
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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