シャー・ジャハーン

君主
ムガル帝国
時代近世
王朝ムガル帝国
在位1628年〜1658年
最愛の妃のためにタージ・マハルを築いた皇帝。 首都をデリーに移し、レッド・フォートを新たな宮殿として建設した。
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人物解説
皇太子時代から軍才を示し、父の存命中に各地の反乱鎮圧や遠征で実績を重ねたのち、1628年に即位した。1631年、寵愛した妃ムムターズ・マハルが出産の際に世を去ると、その死を深く悼み、霊廟としてアグラにタージ・マハルの造営を命じた。工事には二十年前後を要し、インド・イスラーム建築の最高傑作と評される白亜の霊廟が完成した。首都をシャージャハーナーバード(デリー)へ移し、壮麗な宮殿レッド・フォート(ラール・キラー)や大モスクジャーマー・マスジドを築かせるなど大規模な建築事業を進め、その治世はムガル建築の黄金期と称される。宝石をちりばめた豪奢な孔雀の玉座も彼の治世に作られたと伝えられる。壮大な建築事業や遠征は国庫に大きな負担を強い、財政悪化の一因になったとされる。晩年、後継をめぐる争いに敗れてアウラングゼーブに退位させられ、アグラ城内に幽閉されて実権を失い、1666年に没した。
家系図
年表
- 1628年 即位
- 1632年 妃ムムターズ・マハルの霊廟としてタージ・マハルの造営を開始
- 1648年 新都シャージャハーナーバードに遷都し、赤い城(ラール・キラー)を造営
- 1658年 子アウラングゼーブにより幽閉される
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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