康熙帝

君主
明・清王朝
時代近世
王朝明・清王朝
在位1661年〜1722年
清の最盛期の礎を築いた皇帝。 60年余りに及ぶ中国史上屈指の長期在位で知られる。
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人物解説
満洲名を玄燁といい、8歳で即位し、61年に及ぶ中国史上最長の在位を記録した。幼少期は摂政の鰲拝が実権を握ったが、1669年にこれを排除して親政を開始した。1681年には呉三桂ら漢人有力者が起こした三藩の乱を鎮圧し、続く1683年には鄭氏政権下の台湾を版図に収めて、中国全土の支配を盤石なものとした。北方では南下するジュンガルのガルダンと自ら軍を率いて戦い、1696年の戦いで打撃を与えてモンゴル方面の脅威を退けた。1689年にはロシアとネルチンスク条約を結んで国境を画定し、辺境の安定も図った。イエズス会宣教師を宮廷に登用して西洋の天文学・数学・地図測量術などを学び、実務にも活用したとされる。学問を篤く奨励し、大部の字書『康熙字典』をはじめとする大規模な編纂事業を主導するなど文化面でも大きな足跡を残し、清朝の全盛期を準備した。河川の治水事業や江南地方の視察を兼ねて南巡を重ね、民情の把握にも努めたとされる。晩年は後継をめぐって皇子たちの間で激しい争いが生じ、統治の課題を残したとされる。
家系図
年表
- 1661年 8歳で即位
- 1681年 三藩の乱を平定
- 1683年 台湾を平定し、中国統一を固める
- 1722年 在位61年の長期治世の末に死去
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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