永楽帝

永楽帝の肖像
君主 明・清王朝
時代中世
王朝明・清王朝
在位1402年〜1424年

在位 22年長期在位ランキング 歴代 27位/全49名

明の第3代皇帝。 北京に遷都し紫禁城や天壇を築かせ、武当山の道教建築群も再建させた。

現在の推し 0まだ「推し」がありません。最初のひと押しを!

みんなの評価(★5段階・軸ごとに投票できます)

総合 平均 0件)最初の☆評価を!
功績 平均 0件)最初の☆評価を!
知名度 平均 0件)最初の☆評価を!
カリスマ 平均 0件)最初の☆評価を!

この偉人が登場するバトル

人物解説

本名は朱棣。明の初代皇帝洪武帝の子で、燕王として北方の要地北平(後の北京)を治めていた。父の死後、甥の建文帝が即位すると次第に対立を深め、1399年からの内乱「靖難の変」を経て1402年に帝位を奪って即位した。即位後は宦官鄭和に大艦隊を率いさせて南海遠征を命じ、遠征は前後7回に及んだとされ、交易・朝貢関係を東南アジアからアフリカ東岸まで拡大させた。北方ではモンゴル勢力に対して自ら親征を重ねる一方、皇帝直属の顧問機関として内閣制度の原型を整え、中央集権体制を強化した。1421年には都を南京から北京へ移し、紫禁城や天壇を造営したほか、道教の聖地武当山の建築群も再興させた。大規模な類書「永楽大典」の編纂を命じるなど文化事業にも力を注いだ。1424年、モンゴル遠征の帰途に陣没し、子の洪熙帝が後を継いだ。後世、洪武帝と並ぶ明を代表する名君として評価されている。

家系図

年表

この偉人の伝記・関連書籍 PR

※楽天ブックスの検索結果への広告リンクです。

同じ王朝の君主 ▶ 明・清王朝の偉人をすべて見る

同じ時代の君主 ▶ 中世の偉人をすべて見る

関連する世界遺産

この君主にゆかりのある世界遺産を、姉妹サイト「世界遺産ラボ」で見られます。

出典・このページについて

最終更新: 2026年8月27日

本ページは、公開されている歴史資料・百科事典等をもとに偉人ラボ編集部が作成した参考情報です。年代・事績には諸説ある場合があります。正確な情報は各一次資料・公式情報をご確認ください。

さらに詳しく:Wikipediaで「永楽帝」を調べる  / 運営者情報:運営元について

← 偉人一覧へ戻る 人気ランキング →