お市の方

お市の方の肖像
后妃・姫
時代近世
種別后妃・姫
生没年1547年〜1583年頃

生涯 36年長寿ランキング 歴代 54位/全65名

戦国大名浅井長政、後に柴田勝家の妻となった織田信長の妹。浅井家滅亡後は三姉妹とともに織田家に戻り、本能寺の変後に勝家と再婚したが、賤ヶ岳の戦いに敗れた夫とともに北ノ庄城で自害した。

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人物解説

尾張の戦国大名織田信秀の娘として1547年頃に生まれ、織田信長の妹にあたるとされる。当代随一の美貌であったと伝わる。生年や続柄の詳細には異説もある。永禄年間、信長と北近江の大名浅井長政の同盟の証として長政に嫁ぎ、夫婦仲は良好であったともいわれ、茶々(後の淀殿)・初・江の三姉妹をもうけた。1573年、浅井家が信長との対立の末に滅ぼされると、三姉妹とともに救出されて織田家へ戻った。本能寺の変で信長が没した後は、家中の重臣柴田勝家と再婚した。しかし翌1583年、羽柴秀吉との賤ヶ岳の戦いで勝家が敗れると、居城の北ノ庄城に籠城し、落城に際して勝家と共に自害した。三人の娘はその後秀吉の庇護を受け、長女茶々は秀吉の側室となって秀頼を生み、三女江はのちに徳川秀忠の妻となって三代将軍家光の母となるなど、その血筋は後の時代にも受け継がれた。気丈な性格であったとも伝えられ、戦国時代を代表する女性のひとりとして今も高い人気を誇る。

師弟・影響

生涯・年表

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出典・このページについて

最終更新: 2026年8月26日

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