ルネ・デカルト

思想家・哲学者
時代近世
種別思想家・哲学者
生没年1596年〜1650年
「我思う、ゆえに我あり」で知られる近世哲学の祖。解析幾何学の創始者でもある。
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人物解説
フランス中部トゥレーヌ地方に生まれ、イエズス会系の名門ラ・フレーシュ学院で学んだ後、1618年にオランダ軍に加わり、各地を転戦しつつ思索を深めた。1619年11月、駐屯先で見た夢をきっかけに新しい学問の基礎を構想したと伝えられる。1628年にはオランダへ移り住み、思想の自由な環境を求めて生涯の大半をそこで過ごした。1637年刊行の『方法序説』で「我思う、ゆえに我あり」という第一原理を提示し、方法的懐疑に基づく合理主義哲学を確立した。数学では座標を用いた解析幾何学を創始した。1641年には『省察』を、1644年には『哲学原理』を著した。1649年にスウェーデン女王クリスティナに招かれ、翌年その地で肺炎のため没した。1596年に生まれ、創始した座標系は今日『デカルト座標』と呼ばれる。哲学では精神と身体を別個の実体とみなす心身二元論を唱え、後の合理論哲学に大きな影響を与えた。
師弟・影響
- 影響を与えた:アイザック・ニュートン
- 影響を与えた:イマヌエル・カント
- 影響を受けた:ガリレオ・ガリレイ
生涯・年表
- 1637年 『方法序説』を出版
- 1641年 『省察』を出版
- 1644年 『哲学原理』を出版
- 1649年 スウェーデン女王クリスティナに招かれストックホルムへ移住
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出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
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