ダンテ

文人
詩歌
時代中世
分野詩歌
生没年1265年〜1321年
イタリアの詩人。叙事詩『神曲』でルネサンスの先駆けとなった。
現在の推し 0 件まだ「推し」がありません。最初のひと押しを!
みんなの評価(★5段階・軸ごとに投票できます)
総合
平均 —(0件)最初の☆評価を!
功績
平均 —(0件)最初の☆評価を!
知名度
平均 —(0件)最初の☆評価を!
カリスマ
平均 —(0件)最初の☆評価を!
この偉人が登場するバトル
人物解説
フィレンツェの名家に生まれ、若くして政治にも携わった。青年期には『新生』で敬愛する女性ベアトリーチェへの思慕を綴ったとされる。フィレンツェでは教皇派内部が白党と黒党に分裂して争い、白党に属していたダンテは1302年、政争に敗れて追放処分を受け、以後生涯故郷に戻ることは許されなかった。亡命生活を送るなか、当時の学術用語であったラテン語ではなく、日常のトスカーナ語で叙事詩『神曲』を書き上げた。作品は地獄篇・煉獄篇・天国篇の三部からなり、地獄・煉獄・天国を巡りながら人間の罪と救済を描いた壮大な物語である。作品中では古代ローマの詩人ウェルギリウスが地獄篇・煉獄篇の道案内役を務め、天国篇ではベアトリーチェが導き手となる。1321年、亡命先のラヴェンナで完成させた直後に没した。俗語による執筆はのちのイタリア語の形成に大きな影響を与え、ダンテは今日「イタリア語の父」とも称される。
師弟・影響
この人物の師弟・影響関係のデータは準備中です。
生涯・著作年表
- 1265年 フィレンツェに生まれる
- 1300年 フィレンツェの高官(プリオーレ)に就任
- 1302年 政争に敗れフィレンツェを追放される
- 1321年 亡命の地で叙事詩『神曲』を完成させ没する
この偉人の伝記・関連書籍 PR
※楽天ブックスの検索結果への広告リンクです。
同じ分野の文人
同じ時代の人物 ▶ 中世の偉人をすべて見る
出典・このページについて
最終更新: 2026年8月27日
本ページは、公開されている歴史資料・百科事典等をもとに偉人ラボ編集部が作成した参考情報です。年代・事績には諸説ある場合があります。正確な情報は各一次資料・公式情報をご確認ください。
さらに詳しく:Wikipediaで「ダンテ」を調べる / 運営者情報:運営元について